SUSTABLE(サステーブル)2023~未来を変えるひとくち~第5回が10月3日(火)に開催されました。
食従事者と消費者をつなぎ、未来の食卓に変化を起こす「SUSTABLE(サステ―ブル)2023」。
気候変動による漁獲量の変化や就業者数の減少・高齢化など、漁業は多くの課題を抱えています。そんな中で、漁業を持続可能なものにしていくヒントになりえるのが国際交流です。最終回である第5回は、京都・京丹後とフランス・ブルターニュの漁師の国際交流を題材に、海外からの視点を踏まえ、日本の漁業、そして一次産業が持つ可能性について考えました。
【第3回ゲストの皆様(順不同)】
◆株式会社ROOTS 代表 曽 緋蘭様
◆本藤水産 漁師 本藤 脩太郎様
◆ランスス・ヤナギダテ 丸の内 オーナーシェフ 柳舘 功様
【ファシリテーター】
◆ハーチ株式会社 代表取締役 加藤 佑様
イベント冒頭では、ファシリテーターの加藤氏が日本と世界の一次産業を取り巻く現状を解説しました。加藤氏は、社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」をはじめ、サステナビリティ領域のデジタルメディアを多数運営しているハーチ株式会社の代表取締役を務めています。
気候変動に伴い、世界の農業生産性や漁獲量は大きく変化することが予測されています。欧州や中央アジアなどの北側のエリアでは、気温上昇によって農業生産性が上昇すると予測される地域が多くあり、漁獲量においても高緯度地域で増加が見込まれます。一方で、熱帯地域などでは農業生産性の低下、漁獲量の減少が予測されています。「気候変動による一次産業への影響は均一に現れるのではなく、気候変動の原因を作ってきた先進国よりも、そうでない国々が負の影響を受けやすいという点にも目を向ける必要がある」と加藤氏は指摘します。また、漁業資源の状況を見ると、過剰利用状態の資源の割合が増え続けており、世界人口が増加していく中で漁獲資源をどう管理していくかが世界的な大きなテーマの一つとなっているといいます。
日本の一次産業に目を向けると、大きな課題は就業者数の減少と高齢化です。一次産業の就業者数は70年前の1500万人から減少を続け、現在では200万人ほどに留まっています。漁業に絞って見ると、2021年には就業者が約13万人まで減少しています。漁業を含めた一次産業の衰退は食糧自給率のさらなる低下を招くことになり、日本の食糧安全保障の問題にもつながると加藤氏は説明しました。
それでは、一次産業の未来はどうなっていくのでしょうか。加藤氏は、「今回は『国際交流』を一つのキーワードにしながら、『他者に学び、自らの強みを知り、融合する』という姿勢で、どうしたらより良い未来を作れるのかを皆さんと一緒に考えていきたい」と話し、異なる文化や地域同士が交わったところに新たなアイデアや気づきが生まれる可能性を示して、解説を締めくくりました。
続いて、株式会社ROOTS代表 曽緋蘭(ツェン・フェイラン)氏と本藤水産の漁師 本藤脩太郎氏が登壇しました。ROOTSは、京都の里山を舞台に、地元で活動する職人たちの知恵を紹介するサステナブルデザインの研修プログラムを、国内外の教育機関と連携して提供しています。そこから発展し、京丹後の里海の知恵も活用できないかと始まったのが、フランス・ブルターニュとの交流です。コロナ禍でのオンライン交流を経て、2023年2月に、本藤氏を含む京丹後の漁業関係者らによるブルターニュ視察が実現しました。そこで曽氏や京丹後の人々が目にしたのは、システム化された市場や漁業制度でした。
ブルターニュの卸売市場は1998年からオンライン化されており、すべてのEU加盟国から参加できるといいます。近年、水温上昇の影響を受け、もともとタコを食べる習慣の少ないフランス近海でもタコが増えていますが、オンラインで行われる競りでは、スペインやポルトガルの業者によってタコが高値で買われているそうです。「オンラインで国をまたいだ競りをするというのは、日本にはまだないこと」と、本藤氏もその驚きを話しました。また、水産資源のトレーサビリティが徹底しており、水産資源を入れる箱にはすべて船と紐づくQRコードがつけられ、どんな水産資源をどの船がどれだけ獲り、卸売市場でどの国がどれだけ買ったかがすべて追えるようになっています。それにより、適切な資源管理ができるようになっているのです。
さらに、漁業に関する一般的な知識から専門知識までのつながりが作られており、漁業従事者になるための教育システムが整っている点も驚いた、と曽氏は話します。漁業に興味を持つ入り口として漁港に併設する海洋博物館があり、ここでは港を出入りするすべての船の模型を見たり、漁船内での生活を体験したりできます。専門的な知識を学ぶ場としては海洋専門学校があり、さまざまな漁業従事者によるスキル訓練を受けられるほか、船舶免許や漁業権などを得ることもでき、就職先の斡旋も受けられます。本藤氏は、「日本の海洋高校や大学は、漁師を育てるというより、広く水産関係や養殖を学ぶ場になっており、大学と漁師のキャリアのつながりが薄い」と指摘します。水産資源を獲るために必要な漁業権をとるには地元の漁師の推薦が必要で、「何の伝手もない人が漁師になりたいと思ってもなかなかなれないのが日本の現状」と課題感をにじませました。
ブルターニュのシステム化された市場や漁業制度の素晴らしさを実感した一方、ブルターニュとの交流によって気づいた日本の良さもありました。曽氏や本藤氏が現地で驚いたのは、ブルターニュの人たちがさかんに”IKEJIME”という日本の魚を締めるスキルについて口にしていたことでした。”IKEJIME”とは日本における活け締め、血抜き、神経締めの3ステップの総称にあたり、獲れた魚の神経をすぐに破壊して魚のストレスと死後硬直を防ぎ、丁寧に血を抜くことで鮮度を保つ漁師の技です。インターネットで調べることはできても本格的なスキルを身につけることは難しく、「“IKEJIME”のスキルをライセンス化してほしい」という言葉に、日本の技術が持つ可能性を実感したといいます。
さて、本日のメイン食材は、京丹後の宮津湾で本藤氏が自ら漁獲したコチとタコ、そしてタイワンガザミです。これらの食材を、ランス・ヤナギダテ 丸の内 オーナーシェフの柳舘功シェフが美しい3品に仕上げてくださいました。この日のメニューは、次の通りです。
●メニュー
京丹後 宮津湾産こち オリーブ 木の芽 ビオラ ペンタス
こちを昆布締めにして、薄くスライスし、海水に見立てた塩水を吹きかけ
木の芽、花穂、ビオラ、ペンタス、オリーブ等でデコレーションしたカルパッチョ仕立て
京丹後 宮津湾産タイワンガザミ カリフラワー キャビア
ボイルしたタイワンガザミの剥き身とカリフラワーのクレーム、キャビア、セルフィーユスプラウトのアンサンブル
本藤さんの活けじめタコ わかめ 鰹節 昆布
活け締めのタコを塩揉みして軽く茹でたものを、シャンパーニュと一緒に真空にして、スチームにかけ、鳥のフォンと鰹節、昆布で仕上げたスープと合わせたお椀仕立て
【お飲み物】
クラフトジンジャーエール
長崎産の新生姜とひね生姜を三温糖で炊き、搾取したエキスを炭酸水と合わせた自家製ジンジャーエール
ランス・ヤナギダテ オリジナルハーブティー
レモングラス、ローズマリー等をブレンドしたハーブと緑茶を水出しにした冷たいオリジナルハーブティー
柳舘シェフはタコのお料理について、「東洋と西洋、過去と未来を線で結んだ一点を表現したいと考えた」と話し、フランス料理のベーシックな鶏の出汁と、和の鰹節、昆布で仕上げたスープとを合わせることで、本日のテーマである「国際交流」を表現してくださいました。また、柳舘シェフは、本藤氏が提供した食材を絶賛し、特に活け締めされたタコについて「触れたときに初めての触感で驚いた。処理の仕方でこんなに違うのかと思いました」と、日本が誇る技術の素晴らしさを話しました。「このタコをどのようなお料理としてお出しするか今日の朝まで悩んだ」という柳舘シェフからは、生産者の想いや食材の魅力を最大限に生かしたいという温かい気持ちを感じることができました。
参加者も「昆布締めされたコチとオリーブオイルの組み合わせなど、ところどころに和洋折衷を感じ、今日のテーマを体験できた」、「美しさに目で驚き、味わってそのおいしさに更に驚いた」と、柳舘シェフの料理に舌鼓を打ちました。食材を提供した本藤氏は、「漁師は実際に召し上がっているお客さんの顔を見ることが少ないので、こうやって皆さんに食べて喜んでいただける顔を見られて、柳舘シェフにも食材を通して漁師の努力を読み取っていただけて、がんばってきて良かったと感じます」と喜びを語りました。
柳舘シェフは、1987年に渡仏し数々の有名店で働いた経験を経て、フランスと日本の漁業について「それぞれの良さがありどちらが優れているということではないが、魚を扱う技術や処理のノウハウについては、日本には素晴らしいものがあると感じている」といいます。一方で、担い手が少ないという課題については、「日本の技術は素晴らしい。課題があるとすればやはりシステム。これは料理人の世界も同じだが、憧れややりがいをもって取り組める仕事にする仕組みづくりが必要ではないか」と話しました。
これを受けて、加藤氏が「職人をリスペクトする文化こそ日本が学ぶべきではないか」と問いかけると、本藤氏は、「日本の漁師は技術を隠すことが多い。同じ海で競うライバルに技術を教えてしまうと自分の収入が減るという課題もありますが、技術を若い人にも伝えていかないとリスペクトが得られない」と、技術伝承が職人の立場の向上にもつながるという考えを示しました。曽氏は、「ブルターニュの人はディスカッションが大好き。議論を繰り返し、多様な視点をどう入れていくかを大事にしていました」と、日本とブルターニュの漁師のマインドセットの違いに言及しました。柳舘シェフは、「フランスも昔からこうではなかったはず。このままでは一次産業が衰退するという危機感を持って、新しいシステムを導入してきたのではないか」と、日本も同じように良い方向に変化していくことに希望を示しました。
参加者から「一次産業とつながりのない一般消費者が、一次産業を盛り上げるためにできることは?」という質問が上がると、曽氏は漁業体験など、体験して知ることの大切さを話しました。本藤氏は、「漁師は漁業体験を受け入れたがらないが、そういった経験を作っていくことも大事と考え、漁業体験を実施しています。また、近くの漁師さんから食材を直接買うことも漁師の応援につながるので、そういった形でぜひ支援してほしい」と話しました。
あっという間に終わりの時間が近づき、クロージングトークへと移ります。加藤氏がゲストの3人に、「一次産業の未来に向けて今後やっていきたいアクション」を問いかけると、曽氏はブルターニュ視察を経てスタートした、ブルターニュの海洋専門学校との交流を行っている京都府立海洋高等学校からもらった手紙について紹介しました。その手紙には、「自分は一次産業の高校に通っていることに劣等感があり、卒業したらすぐに地元を出ようと思っていた。しかし、ブルターニュとの交流を通して、自分たちには海外に発信できるくらい誇れるものがあると気づいたので、勉強して、必ず地元に戻ってきます」と書かれていたといいます。日本の知恵を世界につなげることで、若者たちが一次産業や地域に対して誇りを持てるよう、「教育」を軸とした活動を今後も継続していきたいと曽氏は語りました。
本藤氏は、ブルターニュには海洋保護区として認定しながら漁業を行っている地域があることを指摘し、「日本の沿岸漁業域には海洋保護区がほとんどありません。自分が漁業を行う地域には天橋立などの国定公園があるが、その範囲を海にも広げ、漁業というビジネスも共存させながら地元の自然や生き物を守っていきたい」と話しました。柳舘氏からは「一次産業を盛り上げるには、みんながそこで働きたいと思えるような環境づくりが大切だと思っている。一次産業で働く人の社会的地位や収入が確保され、誇りと夢を持てるようにしていきたい」と力強い言葉が会場に投げかけられ、イベントは幕を閉じました。
課題が多く指摘される日本の一次産業ですが、京丹後とブルターニュの国際交流を通して、日本が持つ良さと課題解決のアイデアが同時に見えてきました。持続可能な一次産業、そして未来につなげる食を実現していくために、視野を広げて互いに学び合う姿勢を大切にしたい。そんなことを感じる夜となりました。
アクション実施概要
開催日時 | 2023年10月3日(火)18:30〜20:00(開場18:00) |
開催場所 | MY Shokudo Hall&Kitchen (東京都千代田区大手町2-6-4 TOKYO TORCH 常盤橋タワー3F) |
出演者 (順不同) | ◆株式会社ROOTS 代表 曽 緋蘭様 ◆本藤水産 漁師 本藤 脩太郎様 ◆ランス・ヤナギダテ 丸の内 オーナーシェフ 柳舘 功様 ◆ハーチ株式会社 代表取締役 加藤佑様 |
司会 | ハーチ株式会社 代表取締役 加藤佑様 |
定員 | 会場参加:30名/オンライン参加:500名 |
参加費 | 会場参加:2,000円/オンライン参加:無料 |
主催 | 大丸有SDGs ACT5実行委員会/三菱地所株式会社 EAT&LEAD |