日々の”食”から未来へのアクションを考える「SUSTABLE(サステ―ブル)2022」。
第4回は、森林の力を最大限に生かす農法“アグロフォレストリー”をテーマに、3名のゲストにご登壇頂きました。
【第4回ゲストの皆様(順不同)】
◆ 合同会社Co・En Corporation 代表社員 武末克久様
◆ 農地所有適格法人 株式会社 苗目 代表取締役 井上隆太郎様
◆ FARO シェフパティシエ 加藤峰子様
はじめにお話しいただいたのは、合同会社Co・En Corporationの武末克久氏。マダガスカル産バニラの輸入・販売を行っています。
「バニラ」というと私たちは茶色い鞘や黒いバニラの種を思い浮かべますが、もともとはインゲン豆のような緑色の植物。収穫後に乾燥させることで、私たちが手に取るような見た目になります。バニラも立派な農産物なのですね。
武末氏は、今日のテーマ「アグロフォレストリー」を説明する前に、たくさんの映像を用いてマダガスカルの大自然を紹介して下さいました。
バオバブの樹々が広がる大地や壮大な田園風景。森の中にはカメレオンやキツネザルなどの野生動物のほか、キャッサバやバニラ、シナモン、コーヒーの花など、豊かな植物の世界も広がっています。つい先日、武末氏が現地で撮影したという映像はどれも生き生きと美しく、私たちをマダガスカルの冒険の旅に連れて行ってくれました!
もともと武末氏は環境コンサルタントの仕事をしていましたが、数年前に観光で訪れたマダガスカルの森の美しさに感銘を受け、現在のビジネスを立ち上げたのだそうです。
それほどに豊かなマダガスカルの森ですが、実は燃料や畑のための無計画な伐採が続き、年々減少していることが問題視されています。
ここで登場するのが「アグロフォレストリー」。
武末氏は、「アグロフォレストリー」がこの問題に対する一つの解決策になると仰います。
「アグロフォレストリー」とは、ひとつの土地のなかで、森林を管理しながら多様な農作物を栽培する農法。
例えば、足元では背の低いパイナップルやレモングラスなどを育て、その上にはバニラやカカオ、コーヒー、そしてさらには高木のシナモンやライチ、アボカド、、、というように、一か所に10から30種もの多様な農作物を育てていきます。
このような自然に近い環境では、健全な生態系が維持されるため、特定の病害虫が大発生することがなく、農薬や肥料を散布する必要がありません。また、森林を維持する農法なので、慣行農法と異なり、大気中の二酸化炭素を吸収する効果もあります。つまり、アグロフォレストリーが拡大すればするほど環境保全につながるのだと武末氏は仰います。
実際にマダガスカルでは、アグロフォレストリーを推進することで新たな森林破壊を防いだり、荒地をアグロフォレストリー農園に転換して再生したりする取り組みが拡大しているようです。
アグロフォレストリーのメリットはこのような環境的な側面だけではありません。一つの土地で多様な作物を育てるため、シーズン中偏りなく収穫期(=収入)が訪れることや、ある農作物がサイクロン等の被害を受けても、他の農作物で収入を得ることができるなど、生産者の生活安定にもつながっているようです。
Co・En Corporationのポリシーは、「高品質」、「アグロフォレストリー」、そして「生産者の顔が見えること」。現地に赴いて日本での喜びの声を報告したり、製品化された商品を見せたりと、生産者との絆をとても大切にしています。
「彼らのバニラを適正な価格で販売して、彼らの努力に報いたい。」という武末氏。 終始目を輝かせてマダガスカルへの愛を語る姿は、私たちにたくさんの気付きを与えてくれました。
さて、「アグロフォレストリー」は主に熱帯地方で使用されている言葉ですが、日本には「里山」という言葉があります。「里山」とは、人々の生活と自然環境とが調和し、持続的で健全な生態系が維持された土地・集落のこと。森林を管理して燃料をとり、田畑を整備して食料を得る、そしてこれら自然資源を循環させることで、持続的な人と自然との共存関係が維持されてきました。このような里山での暮らしは、かつては日本の基本的な生活様式でしたが、今では全国各地で里山の荒廃が進んでいます。
そんな中、千葉県鴨川市で里山を再生し、その価値を全国に発信しているのが株式会社 苗目の井上隆太郎氏です。
もともと植物が好きだったという井上氏。東京を拠点にし、生花などで空間を彩る仕事に携わってきましたが、イベントのために用意した何千何万もの生花・植物が一晩限りで捨てられていくことに違和感を持つようになり、より自然に近い環境で暮らしたいという思いから、鴨川での農業を始めたといいます。
現在の苗目の事業は大きく2つ。
一つ目は、ハウスでのハーブとエディブルフラワーの栽培です。これは井上氏が鴨川に移住する以前から行ってきた同社の主幹事業で、いまでは約2,000坪の敷地で150-200種類を無農薬・無化学肥料で栽培し、数々のレストランに卸しているそうです。
二つ目は、里山での採取。2015年に鴨川に移住した井上氏は、2016年頃、老夫婦から里山を借り受けることになりました。もともとは椿や金木犀などの花木が彩を見せていたその土地も、“杉”の成長により日当たりや水はけが悪化。土地全体のバランスが崩れ、一体の植物の生育に支障をきたしていました。そんな中、「自然を大切にする人にこの里山を託したい。」という老夫婦の想いを受け、井上氏がこの里山を再生していくことになります。
まずは元凶となる杉の伐採に着手。花木を避けながら30メートル級の杉を150本程伐採し、1年半かけて水路も整備したそうです。
こうして開かれた里山で、井上氏は冬イチゴや梅、金木犀などの花木から採取した木の実や花などからシロップやお酒をつくり、全国に販売しています。
2021年からは新たに里山を取得し、コミュニティファームの運営も始めました。
「F1種禁止・農薬禁止」をルールとしたシェアファームでは一般参加者のほかレストランとも一緒に野菜を育てています。
そしてシェアファームのすぐ傍には山羊と鶏が。出荷できない収穫物を餌にし、糞は堆肥に。堆肥場も新設し、ゼロウェイストな循環型農業を実現しています。
そのほか、手付かずだった棚田を整備し、池を造成して新たに古代米の栽培を始めたり、伐採した杉を基礎から利用したログハウス作りも進行中。その傍らで養蜂も行うなど、少人数で一から始めたとは信じ難いアップデートが進んでいます。
これまでの苗目の歩みを淡々と話す井上氏ですが、この卓越した行動力に会場参加者はただただ驚くばかり。
「自然に近い環境で植物を育てることは尊いことだが、こういった取り組みを持続可能にしていくためには、ビジネスとして成立させなければならない。加工したり美しくラベリングしたりして、里山の価値を高めて発信する苗目の取り組みは本当に素晴らしい。」と武末氏も改めて尊敬の念を表しました。
そのころ、会場には清々しく爽やかな香りが。
FARO(ファロ)シェフパティシエ 加藤峰子氏によるスイーツが会場参加者に提供されました。
●メニュー
日本の里山の恵 – 花のタルト –
森の雫
「森の雫」は、苗目の里山で採取したハーブで作ったドリンク。
「花のタルト」は、タルト生地の上にCo・ En Corporationのバニラを漬け込んだ植物性クリーム、そして苗目のハーブやエディブルフラワーで構成されています。
まるでブーケのようなこの美しいタルトは、FAROでもディナー限定で提供されているものですが、実は、「日本の里山は50年後も美しく残るだろうか。」という加藤氏の想いが込められています。 こんなに華やかで美しいお菓子の裏に、社会的なメッセージが隠れているというのは、どういうことでしょうか。
「ただ美味しいだけ、ただ美しいだけのお菓子は今や、世界中に溢れている。そんな世の中で説得力を持つのは、“50年後も”残したいものかどうか“ということです。私は、日本美しい自然を次世代に繋げたいという想いをもつ生産者を応援したい。」と加藤氏。
「日本の里山には、世界に誇れる素晴らしい食材がある。でも、需要がなければ絶滅してしまいます。私はパティシエとして、そういった食材の魅力をどのように表現するかを考えて、次世代のパティシエにも伝えていきたい。」と続けます。
イタリアでの生活が長かった加藤氏は、FAROに着任し、日本の食材を探し求めて生産者を訪ねるなかで、日本の里山の魅力を知ったのだそうです。
自然と共存しながら丁寧に暮らす昔ながらの里山の生活は、未来の日本人の暮らし方を考えるうえで大きなヒントになるという加藤氏。井上氏が再生・アップデートした苗目の里山に、「理想を見た」といいます。
「アップデートされた里山の暮らしに少しテクノロジーが加わってもいい、現代人にとっての住みづらさが融和されてもいい、そんなことが実現すれば、私たち日本人が自然と共存して生きていくことができるのではないか。」と加藤氏は自身が理想とする未来を話しました。
全国各地の里山の生産者と繋がりながら、東京・銀座のミシュラン獲得店でその価値を発信している加藤氏は、「ハイエンドのレストランが今取り組んでいることが、5年度のトレンドになる。」といいます。
「『本当に美味しいもの』とは、美しいものをまわりに残すもの。だから、里山の自然農やアグロフォレストリーは本当に素晴らしいのです。もう、『自分達だけが良ければいい』とか、『いつでも・どこでも・なんでも』という時代は終わりました。私たちは“豊かさ”の概念をアップデートする時を迎えています。」
終始凛としたたたずまいで話す加藤氏。
世界の名立たるミシュラン獲得店を経験したトップシェフが発する一言一言が、私たちの胸に突き刺さります。
武末氏は、「バニラはそのまま食べられないので、誰かに調理をしてもらって初めて皆さんに味わっていただける。その意味でいつもパティシエの方々に感謝しているけれど、こうして、アグロフォレストリーの背景まで評価して、それを表現して作って下さったことに今日は本当に感激している。」と話しました。
また、会場参加者からも、「花のタルトは、お味も香りも体験したことがない世界。同時にお話も伺って、『自然』とはどういうことなのか、自分の概念をアップデートしながら大切に頂きました。」という感想を頂きました。
加藤氏は今後の社会について、日本の国土の3分の2を占める森林は決して健全な状況ではなく、動植物の生存にも影響を与えていることや、バターやチーズなど乳製品の価格が6年後には10倍になるだろうと予想されていることなどを話し、『持続可能性』を念頭に入れてビジネスを展開しないと経営が成り立たないし、誰も生活できない。そういう時代が来るのだと、警鐘を鳴らしました。
これに対し武末氏は、持続可能性を考えるうえでは、生産者が十分な収入を得られるなど、ビジネスとしてのスキームが確立する必要があると改めて強調しました。そして、「自然の恵み」の価値を最大限まで高めて発信するというFAROや苗目の取り組みを称賛し、この美しいタルトがその象徴であるということを示しました。
最後のクロージングトークでは、3人のゲストから、時代の転換期に立つ私たち消費者に求めることについてお話し頂きました。
加藤氏からのメッセージは、「食べることに好奇心をもってほしい」ということ。「食材は、『モノ』ではないし、食べたものは私たちの細胞に生まれ変わる。『なぜ?』と子供のようにその背景について知ろうとする姿勢が、進化を生むと思います。」と話して下さいました。
武末氏からは、「食べ物の背景について考える時間を少しずつ増やしてほしい」というメッセージをいただくと同時に、自身の今後のアクションとして、加藤氏が言及した『50年後に残したいもの』を見つけていきたいという抱負もお話し頂きました。
最後に井上氏は私たちに、「もっと自分から自然に足を運んでほしい。」と呼びかけます。「鴨川は都心から2時間弱で来られる場所。少し足をのばして自然と触れ合う時間を作ることで、自分自身の価値観も変わっていくはず。」と、私たちの明日の行動につながるアドバイスを下さいました。
マダガスカルの大自然を体験するところから始まった今回のサステーブル。
「真の豊かさとは?」
「本当の美しさとは?」
この問題に本気で向き合っていかなければならないのだということを、3名の聡明なゲストと、そして美しく香るタルトが、私たちに教えてくれました。
アクション実施概要
開催日時 | 2022年9月28日(水)18:30〜20:00(開場18:00) |
開催場所 | MY Shokudo Hall&Kitchen (東京都千代田区大手町2-6-4 TOKYO TORCH 常盤橋タワー3F) |
出演者 (順不同) | ◆ 合同会社Co・En Corporation 代表社員 武末克久氏 ◆ 農地所有適格法人 株式会社 苗目 代表取締役 井上隆太郎氏 ◆ FARO シェフパティシエ 加藤峰子氏 |
定員 | 会場参加:30名/オンライン参加:500名 |
参加費 | 会場参加:1,000円/オンライン参加:無料 |
主催 | 大丸有SDGs ACT5実行委員会/三菱地所株式会社 EAT&LEAD |