2022年度の取り組み

~全6回軽食つきセミナー~「SUSTABLE(サステーブル)2022」
Vol.5 【サステナブルな日本ワイン】開催レポート

日々の”食”から未来へのアクションを考える「SUSTABLE(サステ―ブル)2022」。
第5回は、日本ワインを題材に、持続的な農業、そしてパートナーシップでの課題解決について考えました。

【第5回ゲストの皆様(順不同)】
◆ サントリーコーポレートビジネス株式会社 東日本支社 営業部長 松尾英理子様
◆ 弘前市役所 農林部 りんご課課長 澁谷明伸様
◆ 丸ノ内ホテル フレンチレストラン pomme d’Adam(ポム・ダダン)総料理長 山口仁八郎様

 まずは、サントリーの日本ワイン事業に携わってきた松尾英理子氏から「日本ワイン」の基礎知識についてお話しいただきました。

 日本ワインとは、国産ぶどうを100%使用して国内製造されたワインのことで、原材料も製造場所も”日本”であることが条件です。2005年の規制緩和により新規参入のハードルが下がったことや、その後法改正で日本ワインの定義が明確化されたことなどが影響し、日本ワインのワイナリーはここ20年間で250件も増加。2021年のデータでは413軒にのぼります。また、国内消費量も伸びており、日本ワインは成熟市場と言われるお酒業界のなかで今後も成長が期待される分野です。

サントリーコーポレートビジネス株式会社 東日本支社 営業部長 松尾英理子氏

 こんな伸び盛りの日本ワインですが、実は全国のワイン流通量に占める日本ワインの割合は5.4%にとどまります。加えて、製造会社の約半数が赤字またはそれに近い厳しい経営状況なのだそう。「ワインづくりはぶどうの苗木の手配から始まります。その苗木にぶどうの実がなり、ワインになるまで最低でも5年はかかります。その間は農家さんが無収入になってしまうため、経営的に難しいのが現状です。」と松尾氏はその理由を説明しました。


日本ワインをめぐる状況について説明する松尾氏

 松尾氏は続けて、サントリーが実践するワインづくりのサステナビリティについてお話し下さいました。

 「ワインづくりはぶどうづくり。つまり、ワインづくりは農業です。日本の農業は様々な課題に直面しており、日本ワインづくりにおいてもそれは例外ではありません。」と伝えた上で、日本農業の共通課題として「気候変動の影響」、そして「農家の高齢化・離農」を挙げました。

 ぶどうは本来、昼夜の寒暖差のある秋に色づきが増し、複雑な味わいを帯びていきますが、気候変動の影響により、現在ではその時期を待たずに夏に完熟してしまうこともあるそうです。そこでサントリーでは「副梢栽培」に挑戦したり、気候変動のもとでも安定した生産量を確保するために、日本の風土にあった品種である「甲州」や「マスカット・ベーリーA」を積極的に採用したりしているそうです。そのほか、ぶどうの剪定枝を炭化させて畑に撒き、炭素を土壌内に貯留するという4パーミル・イニシアチブの取り組みにも着手し、これらの取り組みを全国の産地で実践しようとしています。

 また、農家の高齢化や離農による生産縮小問題についても、農福連携を強化するなどして就農人口を増やすほか、遊休農地の活用や栽培者への指導・アドバイスを行うことで、各地での継続的な生産をサポートしています。

 次に松尾氏は、サントリーとワインの歴史を解説。サントリーというとウイスキーなどのイメージが先行しますが、実は同社のビジネスとしての成功は、「赤玉ポートワイン」に始まります。創業者の鳥井信治郎氏はこのワインの原料を国産にできないかと考え、ぶどう栽培研究の先駆者である川上善兵衛氏と出会います。鳥井氏は川上氏の研究をサポートしながら現在の登美の丘ワイナリーなど3軒のワイナリーを開設し、サントリーの礎を築きました。

 このように甲州・信州地方を中心に展開されたサントリーのワイン事業ですが、実は、青森県とも隠れた関係がありました。サントリーに大きな影響を与えた川上氏がぶどう農園を始める前に頼ったのが青森県でりんごの始祖と賞される菊池楯衛氏。川上氏はこの菊池氏から、当時弘前で成功を収めていた「藤田葡萄園」を紹介してもらったことをきっかけに、他の果樹ではなく、ワインぶどう農園を開設することを決意したそう。つまり、サントリーのワイン事業の歴史には、弘前市の存在があったのです。

サントリーと弘前市の関係について話すゲストのお二人

 ここで、弘前市の澁谷明伸氏にマイクのバトンが渡ります。

 弘前市といえば日本一のりんごの産地。そんなりんごの町・弘前市がなぜ、ワインぶどうの産地化を目指しているのでしょうか?

 「弘前の農家の約9割がりんごを栽培しています。しかもりんご単一経営の方が多く、気象や病害虫のリスクが高いんです。りんごがダメになると、弘前の農業全体に大きな影響がることから、リスク分散のために複合経営が必要なんです。」と澁谷氏。

 弘前でのワインぶどう栽培が始まったのは約40年前。もともと岩木山の南東地域は、寒暖差のある気候条件や水はけのよい土壌条件がワインぶどうの栽培に適しており、サントリーとの協定を締結する前から、津軽ぶどうのワインは世界的に活躍するソムリエからも称賛のコメントを頂いていました。 しかし、当時の弘前市でのワインぶどう生産は、2名の生産者の個人的な頑張りに支えられている状況。これでは継続して安定した生産を確保することができません。この状況から抜け出し、未来へ持続可能なワインぶどう産地としての体制を整えるために、弘前市は、サントリーとJAつがる弘前との3社で2020年に「津軽産ワインぶどうの生産拡大に関する協定」を締結しました。

弘前市役所 農林部 りんご課課長 澁谷明伸氏

 この協定の期間は10年間。松尾氏が先述した通り、ワインぶどうの栽培が軌道に乗るには最低でも5年は要します。また、企業側で担当者が変更になったとしても、継続して長期的なサポートを実現するために、10年という期間を設定したそうです。加えて、天候に恵まれない年でも生産されたワインぶどうはサントリーが原則買い取りすることを前提としているので、その期待に応えたい一心で栽培に専念できるとのこと。信頼関係で結ばれた絆を伺い知ることができます。

 協定締結後は、生産者が安心してぶどう栽培に取り組むことができるようになったことで、少しずつワインぶどう農家が増えているそうです。その他、地域おこし協力隊がワインぶどう生産の活性化をミッションに活動を開始するなど、着実に地域での機運が高まっているといいます。他方で、この協定の共通認識は「量より質」。質の高いワインぶどうを持続的に生産することを目指していると澁谷氏は話します。 澁谷氏は続けて、「人口減少や高齢化が進む中でワインぶどう生産を持続させ、次の世代に繋げていくためには、生産者と企業・農協・行政が連携していく必要がある。過去の事例を見ても、持続的に発展している農園にはパートナーの存在がある。」と、パートナーシップの重要性を語りました。

 そしてここからはワインのテイスティングの時間です。 今回試飲したのは津軽産ぶどうで醸した日本ワイン2種。どちらも、2022年9月にデビューしたサントリーの新ブランド「サントリー フロムファーム」の商品です。

~テイスティングリスト~
津軽 ソーヴィニヨン・ブラン2021
青りんごやハーブなどの爽やかな香りと心地よい酸味

津軽 シャルドネ&ピノワールスパークリング2018
きめ細かな泡、熟したリンゴの香りと爽やかな余韻

ワインは丸ノ内ホテルのソムリエ・初谷氏がサーブ

 テイスティングタイムには、ワインぶどう生産者からのメッセージムービーも上映しました。

ぶどう生産者の太田氏。「まだまだ進化したいので、厳しい言葉をお待ちしています!」とのコメント

 澁谷氏は、弘前市のワインぶどうの産地化は、生産者の “じょっぱり(津軽弁で頑固者・いじっぱり)”を抜きには語れないと言います。「弘前でワインぶどうの生産が始まった当時は30名程の生産者がいましたが、りんご栽培に移行するなど、ほとんどの人がぶどう栽培をやめてしまいました。そんな中でも、太田さんと木村さんの2名だけはずっと続けてくれていたんです。彼らのおかげで、今の津軽ワインがあります。」と澁谷氏。

 生産者の声、そしてこの取組みの意義や背景を知ることで、ワインに対する私たちの味わい方・向き合い方が変わります。

会場キッチンで仕上げをする山口シェフ

 しっかりとワインを味わったあとは、お料理とのマリアージュを楽しむ時間。

 今回は、丸ノ内ホテル フレンチレストラン pomme d’Adam(ポム・ダダン)総料理長 山口仁八郎氏が、本日のワインに合わせたお料理をご用意下さいました。

津軽産ソーヴィニヨンブラン2021とともに
青森県鯵ヶ沢町産イトウと東京野菜のサラダ
香川県産オリーブハマチのロワイヤル

津軽産スパークリング2018とともに
青森県金木町産シャモロック 牛蒡のピューレと丸の内ハチミツソース
香川県産オリーブ牛のロースト 豊島の塩と山葵

 山口シェフは、それぞれのワインに対して、“正統派”と“変化球”という2パターンのペアリングを提案しました。”正統派”は、「幻の魚」と言われているイトウや地鶏のシャモロックなど、ワインと同郷となる青森県の食材を使用したもの。他方、”変化球”は、山口シェフがパートナーとして取り組む香川県の食材で構成されており、参加者は様々な角度から津軽の日本ワインを楽しむことができました。

 “土を見ずして、料理を語るな”という師の教えを信条にしているという山口シェフ。このイベントを迎えるにあたり、弘前市のワインぶどう農園も訪れたそうです。アクセントとして添えたぶどうはその際に生産者から頂いたもの。イトウの上にあしらった山菜は、シェフ自らが弘前の道の駅で購入したという裏話からも、山口シェフの生産地へのリスペクトが感じられました。

 続いて山口シェフは、丸ノ内ホテルと青森県とを繋ぐエピソードを披露。それは、青森県金木町出身の太宰治の小説です。彼の代表作である『斜陽』に”丸ノ内ホテルのサンドイッチ”が登場するのだそう。そのサンドイッチを復元できないか?というオーダーを受けたことがきっかけで金木町の食材を探すうちに、シャモロックやイトウのような魅力的な食材に出会ったといいます。

参加者のテーブルにサーブされたワインとお食事

 「この光景を生産者のぶどう農家さんに見てもらいたい。彼らが40年間つないできてくれたぶどうが、地域の食材とともに多くの方に楽しんでいただいている…。今日の光景をしっかり伝えたい。」と澁谷氏。行政という立場で、生産者と消費者とつなぐ架け橋となっていることがわかります。

 2種のワインとマリアージュ、そして熱いパートナーシップのお話に会場の熱量は高まり、あっという間にクロージングトークの時間となりました。

 澁谷氏は、ワインぶどうの生産地化に向けた自身のアクションとして、「しっかりとした“質”を保ちつつ、生産地としての規模の拡大や品種の拡充を目指していきたい。」と今後への意気込みを話しました。また、「地方の農業は想像以上に大変な状況を迎えています。産地として維持していくために、民間企業や大学など、様々な立場の方々と連携して新たな可能性を見出していきたい。」と語ってくださいました。

 山口シェフは、「生産者がいて初めて料理人が成り立つ。畑で頑張って、自分の子供のように大切に育てた食材を、責任を持って料理にして、東京・丸の内で美味しくお客様に召し上がっていただく。そしてその様子を生産者に伝えて、彼らに元気になっていただきたい。私にできるのはこれ一つだけです。また、生産者と消費者との懸け橋となるような若いシェフを、私のできる限り育成して、未来につなげていきたい。」と語りました。冷静ながらも熱いまなざしで語る山口シェフからは固い決意が感じられました。

 最後に松尾氏からは、「今回のプロジェクトで築いたパートナーシップのように、”仕組み”をつくることが企業人としての醍醐味。”仕組み”が確立していれば、担当が変わってもその取り組みは持続できるし、別の場所で水平展開していくこともできます。」と、パートナーシップによる課題解決を考えるうえでの大きなヒントを頂きました。続けて、「本日のワインやお食事に感動していただけたとしたら、産地を訪ねてみたり、その土地の食材を食べてみたりしてほしい。そしてやはり、飲んでいただけないと継続できない。産地を育成していく気持ちで、日本ワインを応援していただきたいです。」と、私たちの消費行動の大切さについても話してくださいました。

 日本の農業が抱える様々な課題。パートナーシップで解決していくための仕組みづくりの根底には、それらを推し進めていく方々の情熱と信頼関係がありました。 生産の現場を知ることで、見える世界が変わります。食材の背景にあるストーリーを知ること、そして、価値のある取り組みを応援することの大切さについて再認識した夜でした。

アクション実施概要

開催日時2022年10月7日(金)18:30〜20:00(開場18:00)
開催場所MY Shokudo Hall&Kitchen
(東京都千代田区大手町2-6-4 TOKYO TORCH 常盤橋タワー3F)
出演者
(順不同)
◆ サントリーコーポレートビジネス株式会社 東日本支社 営業部長 松尾英理子氏
◆ 弘前市役所 農林部 りんご課課長 澁谷明伸氏
◆ 丸ノ内ホテル フレンチレストラン pomme d’Adam (ポム・ダダン)
  総料理長 山口仁八郎氏
定員会場参加:30名/オンライン参加:500名
参加費会場参加:1,000円/オンライン参加:無料
主催大丸有SDGs ACT5実行委員会/三菱地所株式会社 EAT&LEAD