2023年度の取り組み

SUSTABLE2023vol.4【海を修復するアサリ養殖】開催レポート

SUSTABLE(サステーブル)2023~未来を変えるひとくち~第4回が9月11日(月)に開催されました。

第4回は、牡蠣殻に含まれるミネラルで海を中和しながら養殖するアサリを題材に、気候変動と同時に海で進む「海洋酸性化」の問題と、その解決策の一つになりえる環境再生型の養殖について、3名のゲストとともに考えました。

【第4回ゲストの皆様(順不同)】
◆ケアシェル株式会社 取締役 山口 慶子様
◆サローネグループ 統括料理長 樋口 敬洋様
◆byebyeblues TOKYO料理長 永島 義国様
【ファシリテーター】
◆ハーチ株式会社 代表取締役 加藤 佑様

「今日のテーマはアサリですが、もし貝が食卓から消えてしまったら、どうでしょうか?」 冒頭、会場の参加者にそう問いかけたのはファシリテーターの加藤氏。社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」をはじめ、サステナビリティ領域のデジタルメディアを多数運営するハーチ株式会社の代表取締役を務めています。「実は今、将来的に貝を食べることができなくなるかもしれないリスクが着々と進行しているのです。それが海洋酸性化です」と加藤氏は続けます。

海洋酸性化とは、一般的に弱アルカリ性である海水中のpHが、長期にわたって低下する(酸性に近づく)現象のことで、大気中のCO2が増え、海水中に溶け込むCO2が増えることによって引き起こされます。加藤氏は、日本近海を含む世界中の海で海洋酸性化が大きく進んでいる現状をpH分布図で示した上で、海水が酸性に傾くことで、サンゴが骨格を形成できなくなったり、アサリや牡蠣などの貝類が殻を形成できなくなったりするなど、海の生態系に影響が出ている実態を説明しました。さらに、海洋のCO2吸収能力が低下することで、気候変動がより加速するという負のループも起きるといいます。

海の環境再生に取り組む世界の事例をいくつか紹介したあと、加藤氏は、気候変動や海水温上昇の問題と同じく大きな問題でありながらも、身近に感じづらい海洋酸性化問題の問題について、消費者である私たちの生活とのつながりを強調しました。「海洋酸性化は海の問題ではありますが、その原因は私たちの陸の生活で出るCO2の増加が影響しています。つまり、気候変動対策を意識して私たちが陸の生活を変えていくことが、海を守ることにもつながるのです」

続いては、ケアシェル株式会社 取締役の山口慶子氏が登壇し、同社の取り組みについて説明しました。同社の拠点である三重県鳥羽市では1926年から牡蠣の養殖が始まり、現在では三重県全体で全国7位の牡蠣生産量を誇ります。生産が増えれば増えるほど問題になるのが牡蠣殻の廃棄問題で、鳥羽市の養殖で廃棄される牡蠣殻は年間約1万5000トンにのぼるといいます。

同社の創設者であり山口氏の実父である山口惠氏は、地元の牡蠣養殖業者からこの牡蠣殻の廃棄問題について相談を受け、牡蠣殻の再利用について市も巻き込んで検討した結果、『牡蠣殻粉砕加工センター』を立ち上げ、大量に廃棄されていた牡蠣殻を肥料にすることに成功しました。地元の養殖業者の困り事を解決した山口惠氏でしたが、その心の中には、「海のものは海に還したい」という想いが芽生えていました。そこで、牡蠣殻を海中で活用する方法の研究を始め、開発したのが牡蠣殻固形物「ケアシェル」です。「ケアシェル」とは、牡蠣殻の粉末と海中のマグネシウムを粒にして固めたもので、アルカリ性のため、海に投入すると酸性に傾いた水質を改善する特徴があります。

当初は牡蠣養殖での活用を想定していたケアシェルでしたが、研究者と漁師との出会いがあり、アサリ養殖への活用の可能性を見出し、アサリの新たな天然養殖方法を確立します。それは、ケアシェルと砂利を網袋の中に入れて浜辺に敷設し、海から流れ着いたアサリの稚貝が袋の中で育つのを待つという、とてもシンプルなもの。以前はアサリが自然に育っていた浜辺ですが、海や浜辺の環境変化により、アサリはうまく育たなくなっていました。しかし、ケアシェルの入った網袋の中はアサリにとって住みやすい環境であり、さらに、ケアシェルと砂利の中に潜る際に通常の砂浜よりも力を必要とするため、元気で活発に育ちます。また、カキ筏を利用した垂下式にて育てているため、通常のアサリと違って砂を噛んでいないという利点もあります。

このように、アサリの生育を促進しながら、酸性に傾いた海の環境を改善するというこのケアシェル事業は、2013年に農林水産祭の水産部門で最高賞の「天皇杯」を受賞するまでに至り、現在では北海道から九州まで、日本全国でケアシェルによるアサリ養殖が行われています。こうした取り組みには地元の小学校の先生も共感し、ケアシェルでは年間通じての環境教育を10年以上実施しています。子どもたちに海や環境問題に関心を持ってもらうきっかけになっているといいます。山口氏は、「廃棄物を有効利用して作ったケアシェルが、漁業や水質改善だけでなく、環境教育にも役立つというこのエコシステムを、より大きな循環を目指して広げていきたいと考えています」と、その熱い思いを語りました。

 さて、食欲を刺激する海の香りが会場に広がり、華やかな食事がテーブルに揃いました。今回は、東京・横浜・大阪でイタリアンレストランを展開するサローネグループの統括料理長 樋口 敬洋シェフと、同グループのレストランbyebyeblues TOKYOの料理長 永島 義国シェフが、ケアシェルを活用して養殖されたアサリを使ったイタリア料理とペアリングのドリンクを提供してくださいました。

メニュー】

鮮魚のヴァポーレ(蒸し物)オレンジ風味
濃厚なアサリの出汁スープに、太刀魚、真蛸、アサリの身、ボアロネギを入れ蒸しあげたヴァポーレ。オレンジとオリーブを合わせて抽出したオレンジオイルを添えて。

パーネ ビアンコ(白パン)
国産小麦「春よ恋」とイタリア産小麦をブレンドした、しっとり、もちっとした食感が特徴の白パン。ヴァポーレのスープに浸してお召し上がりを。

循環(ノンアルコールドリンク)
自然の循環でおいしく育ったアサリの源である山、土をイメージしたノンアルコールペアリングドリンク。山で育つボルチーニの旨み、フランボワーズの甘味、ビーツの土の香り、ジャスミンの苦味、トマトの酸味、シチリアの塩のミネラル五味をペアリング。

ケアシェルで育ったアサリを今回初めて手にしたといい、「一般的なアサリは砂が混じってしまうことが多いため、高級店では扱いづらい食材の一つなんです。でも、ケアシェルで育ったアサリは砂を噛んでいないため、今後このような取り組みが広がっていくことで新たな可能性が広がることに期待しています」と、山口氏にエールを送りました。永島シェフも「一般のアサリは海の潮味が強いイメージがありますが、今回のアサリは、イタリアで食べたミルキーなアサリの味にとても似ていて懐かしく感じました」と絶賛しました。

2007年に一号店をオープンしたサローネグループでは、どの店舗も月替わりのコース料理を提供しており、イタリア帰りのシェフたちが、現地で味わった新鮮な体験や驚きを一つの物語にしてコースを作り上げています。「お店に入ってから出るまでの時間をお預かりするというのがコンセプト」と樋口シェフ。永島シェフが料理長を務めるbyebyeblues TOKYOは、コロナ禍でイタリアを訪れることが難しい状況の中で、日本にいながらシチリアの雰囲気を味わってもらうために、ミシュランガイドで10年連続で星を獲得したシチリア島・パレルモの名店byebyebluesの東京店として2022年11月にオープンしました。永島シェフは、「現地の味や香りを再現することを大切にしていますが、コロナを経て、なるべく国産のおいしいものを採用するようになりました」と新しい挑戦について語りました。イタリア現地の料理を日本の食材で再現することで、新しいイタリアンの味が生まれるといいます。

樋口シェフは、生産者の方々のさまざまな取り組みを、普段から積極的にインプットするようにしていると話します。「レストランに来店されるお客様に、コースの中の物語としてお伝えしたいという想いから、生産者の方とは積極的に話したり、活動を体験させていただいたりして勉強しています。ケアシェルのアサリ養殖もぜひ体験したい」と樋口シェフが話すと、山口氏も「ぜひ体験しに来ていただきたいです」と歓迎しました。加藤氏は、「海の問題を伝えていくうえでも、最終的には『おいしさ』が強いメディアになる。おいしければ、大切に守りたいと思うようになります。シェフの方々がどれだけおいしく調理するかということも、人々の行動を変えるうえでの大事な要素になるのではないでしょうか」と、生活者に行動変容を促していくうえでのシェフの役割の大きさに言及しました。

 最後に登壇者に対して今後取り組みたいと思っていることやメッセージを求めると、山口氏は「父を含めて、これまでいろいろな方々が想いを持って積み重ねてきたことを忘れずに、自分自身もその一員として、小さなことでも海や自然のために取り組んでいきたい」と話しました。永島シェフは「今回の機会を通し、アサリのことを勉強して刺激になりました。今後は、自分の地元である新潟の食材や伝統的な調理法を勉強して、それとイタリアンを掛け合わせることにもチャレンジしていきたい」、樋口シェフも「今回の学びをイタリア人シェフともシェアし、イタリアからの視点も取り入れながら、私たちにしかできない発信を考えていきたい。日々勉強しながら、熱い想いをもって取り組んでいる方々の背中を追っていきたいと考えています」と、今回のイベント内容も学びに変え、挑戦し続ける意気込みを語ってくださいました。

 会場の参加者には、山口氏からのお土産として、ケアシェル入りの小袋が渡されました。水槽の水質改善や観葉植物の肥料として使えますが、同時に、この小さなお土産は、今回の参加者が今後も海の環境に思いを馳せ、海を守るための行動を考えていくための種となるかもしれません。おいしい食材をいつまでも食べ続けることができるように―食材の背景にある物語に意識を向け、日々の生活や選択を変えていくことの大切さに気づかされる夜となりました。

アクション実施概要

開催日時2023年9月11日(月)18:30〜20:00(開場18:00)
開催場所MY Shokudo Hall&Kitchen
(東京都千代田区大手町2-6-4 TOKYO TORCH 常盤橋タワー3F)
出演者
(順不同)
◆ケアシェル株式会社 取締役 山口 慶子様
◆サローネグループ 統括料理長 樋口 敬洋様
◆byebyeblues TOKYO 料理長 永島 義国様
司会ハーチ株式会社 代表取締役 加藤佑様
定員会場参加:30名/オンライン参加:500名
参加費会場参加:2,000円/オンライン参加:無料
主催大丸有SDGs ACT5実行委員会/三菱地所株式会社 EAT&LEAD