SUSTABLE(サステーブル)2024~未来を変えるひとくち~第3回が11月7日(木)に開催されました。
食従事者と消費者をつなぎ、未来の食卓に変化を起こす「SUSTABLE(サステーブル)2024」。
第3回のテーマは、「食とネイチャーポジティブ(生物多様性)」です。町を歩くと聞こえる鳥の声、道端に咲く花にとまる蝶。そんな私たちにとって身近な生物の個体数が今急速に減少しています。実は、急速に進む生物多様性の損失と私たちの毎日の食は密接に関わり合っていることをご存知でしょうか?最終回である今回は、循環する生育システムで育てられた但馬牛と生物多様性を育む環境創造型農業で育てられたコウノトリ育むお米を題材に、食とネイチャーポジティブ(生物多様性)について、2名のゲストとともに考えました。
【第3回ゲストの皆様(順不同)】
◆たじま農業協同組合 総合企画室 経営戦略課 課長 黒田 祐介 様
◆御料理ほりうち 店主 堀内 さやか 様
【ファシリテーター】
◆ハーチ株式会社 代表取締役 加藤 佑 様
イベント冒頭では、ファシリテーターの加藤氏が食と生物多様性・ネイチャーポジティブがどのように関わっているのかと、食の分野における国内外の動向を解説しました。加藤氏が代表を務めるハーチ株式会社は社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」をはじめ、サステナビリティ領域のデジタルメディアを多数運営しています。
「私たちは何を食べているのか?」──冒頭、加藤氏は1つの問いを会場に投げかけました。例えば、今日の昼食に食べたものを考えると、お米、野菜などの食材までは思い出せるかもしれません。しかし、その食材は誰が育てたものか、はたまた、野菜の生育に必要な水や日光や、お肉となる動物やお魚が食べているものまで、都市に住む私たちは認識しているでしょうか。「それらも含めて私たちが食べているものと考えると、都会に住んでいる私たちにとっては、食は最も自然生態系とのつながりを感じられるもので且つ、自然生態系が健康ではない状況は、私たちの体も健康ではない状態にもつながるとも考えられると思います」と加藤氏は続けます。
生態系は生産・消費・分解という3つの存在で成り立っており、生産者には植物、消費者には人間を含む動物、分解者には微生物などが当てはまるといいます。「生態系を構成する消費者としての役割を考えると、当然生産以上に消費すると生産が追いつかなくなり、分解スピードを超えて排出すると分解が遅れます。生産・消費・分解をバランス良く保っていくことが重要です」と加藤氏。しかし、生物多様性は危機に瀕しており、その要因として特に農業や畜産に関連する土地利用の変化の影響が指摘されています。つまり、食に関わるところが生物多様性の損失を一番促進しているという現状があります。加藤氏は「農業や畜産業が悪いという話ではなく、システム全体がお互いに影響しあって問題が起こっています。食の需要と供給の複雑なシステム自体にアプローチしていく必要があり、人間の健康と動物の健康、環境の健全性という3つの健康を総合的に考える必要があります」と強調しました。
そこで、問題の解決のために世界的に注目されているのが、生物多様性の損失を止め再生を促すネイチャーポジティブの考え方です。日本政府のネイチャーポジティブに関する戦略では、森・里・川・海のつながりや地域の環境に配慮しつつ、自然を生かした地域づくりを目指しており、食はその中のコアに入っているといいます。加藤氏は「つまり、食の話なくしてはネイチャーポジティブはできない」と強調した上で、食と土地利用を変革するためのトランジションを促す好事例として、但馬地方での取り組みを紹介するゲストへバトンタッチしました。
バトンを受けた、たじま農業協同組合(JAたじま)総合企画室 経営戦略課 課長の黒田氏は、循環する但馬牛の生育システムとコウノトリ育むお米の環境創造型の農業の取り組みについて紹介しました。黒田氏は、埼玉県出身で一般企業に就職した後に但馬へ移住し、2006年よりJAたじま、2009年から現在まで同組合の経営関連の業務を担っています。
まず1つ目に紹介されたのは、但馬郡・美方地域(香美町・新温泉町)の循環する但馬牛飼育システム。中山間地で谷が多い美方地域では但馬牛の放牧に加え米作りも行われており、稲藁が牛の餌などとして活用されたり、放牧された牛の排泄が放牧地の植物の堆肥になったりと、地域循環のサイクルができているといいます。旧来から受け継がれてきたこの循環型の生育システムにより、現在も、国内では希少になっている犬鷲などの生き物が生息する地域になっており、令和5年には、人と牛が共生する美方地域の伝統的但馬牛飼育システムとして世界農業遺産に認定されています。
2つ目は、コウノトリ育むお米の環境創造型農業の取り組みです。元々日本全国に生息していたコウノトリ。農薬を大量に使用した集約的な農業が拡大したことをきっかけに、餌となるカエルやドジョウなど水田の生物が失われ、1971年に絶滅してしまいました。最後の生息地である、コウノトリ育むお米の舞台・兵庫県豊岡市では、コウノトリの野生復帰を目指す人工飼育による活動が行われ、2005年に放鳥を達成。コウノトリの野生復帰を機に「絶滅の原因の1つである農業が変わらなければ、また同じことが起こる」という想いのあった生産者数名が始めたのがコウノトリ育むお米です。
「肥料は米糠や堆肥を散布。11月の稲刈り後の冬季湛水、田植えの数ヶ月前からの早期湛水を実施し、中干しの時期は、お玉杓子がカエルになるまで遅らせています」と黒田氏。さらに「生き物を中心に考えた農法の過程で、生き物が実際にどれくらい帰ってきたのかを地域の人や消費者を交えて毎年調査しています。この積み重ねの結果、コウノトリの数は400羽近くになっています」とその成果を説明しました。但馬ではコウノトリが生物多様性を図っていく指標にもなっているようです。コウノトリ育むお米のキャッチコピー「このお米には数えきれないほどの生き物の命が宿っている。このような小さな生き物の命さえも大切にする生産者が作ったお米です」が示すように、人間の食のためのお米づくりではなく、地域の自然を豊かにした結果としてのお米の恵をいただくという農法を実現しています。
「無農薬でお米を作ろうではなく、コウノトリの野生復帰を支えようというところから始まっています。手間がかかる農法ですが、地域の人が共通して願えるような目的の共有から始まったので、一定の共感を得ながら生産者と一緒に進められました。行政の支援もいただきながら頑張っています」と黒田氏は、生産を支える共通の想いを共有しました。また、地元の学校ではコウノトリについて学ぶ機会もあり、コウノトリを守りたいという中学生が学校給食をコウノトリ育むお米に替えてほしいと直談判し、豊岡市全体で減農薬のコウノトリ育むお米が採用されているといいます。「この地域では子どもの頃から、コウノトリを守るという意識が培われているので、生産者だけでなく、子供も含めて地域が変わってきていると感じています」と黒田氏は続けました。
一方で、「価格については通常のお米より高い。環境によいものも経済的に機能していないと続けられない」と黒田氏。経済的な視点から、コウノトリ育むお米を持続可能にしていくことの難しさについても語りました。背景として「一般的に米農家の時給は100円ともいわれており、農家がどんなに一生懸命育てても、対価がないと来年も作ろうという風にはならない」と農家を取り巻く現状を伝えました。「もし消費者がコウノトリ育むお米の年間の取り組みを見たら、この価格は安いと思えるくらいだと思います。価格が一般のお米より高いという部分を消費者にどう受け止めてもらうのかが取り組みの持続可能性につながってくると思います」と続けます。最初はなかなか売れなかったものの「産地交流会を実施し、但馬に来て現地でこの取り組みの苦労や良さを体験知として理解していただくことが重要と考え、長年やってきました」と価値を生活者に伝えていく上での道のりを伝えました。
さて、香ばしい香りが会場に広がり、艶やかに輝く白米と但馬牛を贅沢に使用した料理がテーブルに揃いました。今回は「御料理ほりうち」を展開する堀内さやか氏が但馬牛とコウノトリ育むお米を使った料理を提供してくださいました。
《メニュー》
但馬牛ロースのすき煮サラダ仕立て
但馬ネックスープ
コウノトリ育むお米
堀内氏は、都内の割烹やホテル等で経験を積み、2013年から神楽坂の料理屋にて料理長を務めた後、2018年に独立し、東京・荒木町に「御料理ほりうち」を開業されました。「上部だけのキラキラ感や目に見えることだけでなく、目に見えていないバックグラウンドが知りたい」と、日本全国の生産地と事業者を訪れ、素晴らしい食材と出会うことをライフワークとしている堀内氏。生産者とお客さんをつなぎ、生産者の思いをお客さんに伝え、逆にお客さんの表情を生産者に伝えることが料理人の役割だといいます。さらに「但馬牛のお肉は美味しくて当然ですが、お米は有機栽培や自然栽培に近づけるほど、美味しくするためにとても手間がかかります。有機栽培でここまで美味しくできるのは20年間積み上げてきた努力の賜物だと思います」と今回の食材に対しての印象を述べました。それを受けて黒田氏は「さらに励みになると思うので、また但馬に戻ったら生産者に伝えたい」と喜色満面な様子でした。
それぞれの立場からネイチャーポジティブを達成するために必要なことを問われると、黒田氏は「農業は、昔は美味しいものを沢山作れば良いという考え方だったが、今は環境や健康などの様々な要求、食糧安全保障と自給率の話もあり、生物多様性は人間が考え直さなければいけないこと。自然に支えられている但馬は自然が失われたら地域自体が廃れてしまう。生産現場では高齢化も進んでいるが、ちょうど良いバランスで、できる限りのことをやりながら、それを少しでも拡大できれば良いと思っています」と意欲を見せました。堀内氏は「一言で言うと、思いやりです。自分さえ良ければそれで良い、と思わないことが大切です。本当に簡単なこと。ネイチャーポジティブとか生物多様性という言葉を使うと、難しい気がするけれど、自分達の子ども達や周りの大切な人のことを考えれば、自然と優しい行動になると思います。それと同じで、自分だけではなく誰かのことを思いやるということです」と基本の姿勢を改めて示しました。
さらに堀内氏は、お客さんや生産者とのコミュニケーションにおいて心がけていることがあるといいます。「お店の場合は、あくまでもお客さまは料理を楽しみに来ているので、重い話はせず、興味が湧いてポジティブに考えられるような話をするようにしています。『今魚がいないらしいんですよ』とか『環境再生型の農法で作られたお米なので、あなたは今地球環境に貢献していますよ』と、近所同士で井戸端会議をしているようなイメージです。その上で、興味を示してくれた方には詳しく伝えるようにしています。」一方、生産者の方はお話が決して得意な方ばかりではなく、伝えるのが苦手な方も多いといいます。「だからこそ、現場に行って実際にやっていることを見せてもらい、本当はどういうことが起こっているのかを少しでも吸収して帰るように気をつけています」と続けました。
最後に加藤氏が食を通じて豊かな生態系の保全や再生を進めていくために、今後取り組みたいと思っていることやメッセージを求めると、「生産者が頑張って作ったお米を適正な価値で食べてもらう。この取り組みに尽きます。また、一消費者として何ができるかというと、シンプルだけど、買って食べてほしい。月に一回でも半年に一回でも、生産者の励みになる」と黒田氏。続けて、堀内氏は「答えがないからこそ、一番大事なのは知ること。会場の参加者の皆さんは、意識の高い方が多いと思うが、世の中には全く何の話をしているかわからないという人が多い。そういう方に伝えてほしい。そのためには自分が知らないといけない。全ての命に思いやりを持って、ポジティブに伝えることを意識し、友達や子どもなど自分の周りの人を一人でも多く巻き込んでいってほしい」と熱いエールを送りました。
今回のイベントは、堀内氏の熱量と黒田氏の寛容な視座のバランスが、心地よくも力強い雰囲気を生み出した会でした。東京の食料自給率はほぼ0%。私たちの都市生活は、地方で食糧を生産してくれている方々に支えられています。その生産現場で何が起こっているのか、私たちが口にする食糧の生産過程には、どんな命が関わっていて、どんな想いが込められているのか。──食材の背景を知った上で選択する。知った食材の背景を周りに伝える。一見地道に思えるその一人ひとりの小さなアクションが100人分集まるだけでも大きなインパクトを作れる。変化を一緒につくる仲間となった参加者が、日常に戻って周りに伝え、インパクトが広がっていく。そんな少し先の希望ある未来が想像される最終回となりました。
アクション実施概要
開催日時 | 2024年11月7日(木)18:30〜20:00(開場18:00) |
開催場所 | MY Shokudo Hall&Kitchen (東京都千代田区大手町2-6-4 TOKYO TORCH 常盤橋タワー3F) |
出演者(順不同) | ◆たじま農業協同組合 総合企画室 経営戦略課 課長 黒田 祐介 様 ◆御料理ほりうち 店主 堀内 さやか 様 |
司会 | ハーチ株式会社 代表取締役 加藤佑 様 |
定員 | 会場参加:30名/オンライン参加:500名 |
参加費 | 会場参加:2,000円/オンライン参加:無料 |
主催 | 大丸有SDGs ACT5実行委員会/三菱地所株式会社 EAT&LEAD |